HOME >> 民法改正と不動産賃貸実務への影響
「どう変わる!? 民法改正と不動産賃貸実務への影響」 弁護士 野村一磨
平成29年民法改正によって不動産賃貸実務にどのような影響が生じるのかについて解説します。
(以前にコラム形式で掲載したものをまとめたものであり、随時更新していきます。)
コラム1 民法(債権法)改正とその影響(とくに不動産賃貸)
民法は、1896年(明治29年)に制定され、1947年(昭和22年)、戦後の新憲法制定に伴い、親族相続分野について全面的に改正されたものの、債権法の分野は大きな改正はありませんでした。しかし、2017年(平成29年)改正により、実に121年ぶりの大改正が行われたのです。債権法、とくに契約法の分野は、例えば、売買、請負、賃貸借、委任等、多岐に亘るため今回の法改正は実社会生活に大きな影響を与えることになります。当然ながら、不動産賃貸業への影響も大きなものがあります。
もっとも、賃貸借契約についての今回の法改正は、新たな制度が創設された部分とこれまでの実務で確立された判例や解釈論等の基本的ルールを明文化した部分(敷金・原状回復義務等)があるため、その点を意識して確認していくと理解が早いように思います。いずれにせよ不動産賃貸業を行う物件オーナー、賃貸不動産の仲介・管理業者の皆さんは、今回の改正に対して十分に備えておく必要があります。
コラム2 新民法の施行時期について
民法(債権関係)改正法の施行期日は、2020年(令和2年)4月1日です。
施行期日以降に、新たな不動産賃貸借契約を締結する場合には、新民法(改正後の民法)が適用されます。他方で、施行期日より前に締結された不動産賃貸借契約については、施行期日後も旧民法(改正前の民法)が適用されるのが原則です(例外:施行附則34条2項・3項)。
なお、施行期日後に不動産賃貸借契約及び保証契約が合意更新された場合は、いずれも新民法(改正後の民法)が適用されることになりますが、不動産賃貸借契約だけが合意更新され保証契約が合意更新されなかった場合(自動更新の場合)は旧民法(改正前の民法)が適用されます。
コラム3 不動産賃貸借契約の保証人~賃貸借契約の個人保証には「極度額」の設定が必要(465条の2)1
これまで不動産賃貸借契約を締結する際に、家族や親族、会社の上司等に保証人になってもらうということが広く行われてきました。不動産賃貸は、入居者が賃料を滞納したり、居室内の設備等を壊したり、迷惑行為で近隣住民とトラブルを起こす等、多くのリスクを負うものであるため、いざというときに備えて保証人を付けることは当然のことと言えます。
しかし、今回の法改正で、賃貸借契約の個人保証についてのルールが大きく変わりましたので、十分に注意して下さい。
まず、不動産賃貸借契約において個人保証を付ける場合(家族や親族、友人・知人等が保証人になる場合)、「極度額」を設定しなければならなくなりました。「極度額」とは、保証人が負担することになる金額の上限のことです。これまで不動産賃貸借契約書では、保証人として責任を負う旨の文言があれば、未払賃料・遅延損害金・原状回復費等すべての債務を負担することになり、その上限についての規定はありませんでした。
しかし、今回の改正により、例えば、保証人が負担する金額の上限として、「100万円」「200万円」等の具体的な金額(極度額)を書面で定めておかなければ、保証契約は無効となります。従って、せっかく保証人を付けたにもかかわらず、いざというときに保証人には何も請求できないということが起きてしまいます。家賃を滞納すれば住む場所を失うことに繋がるため、通常は、お金に困った人でも何とか家賃だけは工面しようとするものです。その家賃が支払えずに退去を求めざるを得ない事案では、賃借人から未払賃料や原状回復費等を回収するのは困難なことが多いです。賃貸人にとって、保証人への請求は最後の砦という面がありますので、いざというときに保証人に請求できないことの不利益は大変大きいということはご理解頂けるでしょう。
ちなみに、会社等の法人が賃貸借契約の保証人となる場合は、これまで通り極度額の定めは不要であり、上記の話はあくまで個人保証の場合のお話です。
コラム4 不動産賃貸借契約の保証人~賃貸借契約の個人保証には「極度額」の設定が必要(465条の2)2
不動産賃貸借契約において個人保証を付ける場合、「極度額」を設定する必要があることは既に説明しました。では、極度額として「家賃6ヶ月分」と定めたり、月額5万円のワンルームの賃貸で極度額「1億円」と定めることはできるのでしょうか?
今回の改正で「極度額」を要求した趣旨は、保証人となる者が予想外の大きな負担を強いられることになることを防ぐため(具体的に負担する上限を知った上で、保証人となるか否かを慎重に判断させるため)です。
この趣旨からすれば、極度額の記載は具体的なものでなければなりません。「家賃6ヶ月分」との記載については、家賃は将来増減する可能性があるものではありますが、「契約当時の家賃6ヶ月分」という意味であれば問題ないでしょう。
他方、月額5万円のワンルームの賃貸で極度額「1億円」との定めの場合、実質的に見て上限を設定していないに等しく、上記の法改正の趣旨に反するものと言えるでしょう。当該極度額の定めは、公序良俗に反して無効となると思われます。
コラム5 事業のための不動産賃貸借契約の個人保証人への説明義務(契約締結時の情報提供義務、民法465条の10)
今回の法改正の中で、保証人を保護する趣旨で情報提供を義務づける制度が幾つか設けられました。
(1)保証契約締結後における賃貸人の保証人への情報提供義務(民法458条の2)
(2)期限の利益喪失時における賃貸人の個人保証人への情報提供義務(民法458条の3)
(3)契約締結時における賃借人の個人保証人への情報提供義務(民法465条の10)
今回ご説明するのは、(3)契約締結時における賃借人の個人保証人への情報提供義務(民法465条の10)です。
事業のために生じる債務は高額になりがちであるため、個人保証人を保護する観点から保証契約締結時には、主たる債務者から個人保証人に対して自分の財産状況等を説明する義務があり、説明が不十分であったり虚偽の説明があった場合には債権者がこれを知り又は知ることができたとき個人保証人は保証契約を取り消すことができるとされました(民法465条の10)。
従って、事業のために不動産賃貸借契約を締結して賃借人の債務を保証するために個人保証人を依頼する場合、賃借人には当該説明義務が生じます。ちなみに、会社が賃借人となる場合、会社の行為はすべて事業のために行われるものであるため、当該説明義務が必ず生じることになります。実際に説明すべき情報は以下の通りです。
ア 賃借人の財産や収入
イ 賃借人の負債、債務額や弁済状況
ウ 他に担保を設定する場合はその内容
ここで重要なことは、説明義務を負っているのは賃借人であるということです。賃貸人としては、個人保証を設定する場合、賃借人が個人保証人に対して必要な情報を正しく説明しているか否かを確認する必要があります。そこで、事業のための不動産賃貸借契約を行う場合には、契約書の条項の中に、賃借人が個人保証人に対してその財産状況等を具体的に説明したことを確認する条項を設けて、賃借人・保証人がともに確認した上で、署名押印をしてもらう形式にしておくことが重要です。